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2011年4月10日 (日)

釜石湾漁業協同組合物資支援10

毎年8月の第1週に行っていた釜石ツアーは、今年で10年目を迎える予定だった。例年、農家での民泊をしていたが、ここ2年ほどは漁家民泊も取り入れていた。釜石湾東部漁協の名人と言われていた萬さん親子。この方の家に泊めていただき、ご家族とバーベキューをやるのが恒例だった。当初、組合に就職する予定だった息子さん、お父さんに給料を聞かれ、漁師を継げばその倍は払ってやると言われ、漁師になった息子さん。魚嫌いで好物はカレーと言っていた息子さん。カレーとウニは飲み物だと言っていた息子さん。朝、小型定置網を引き上げ、朝ごはんのおかずを採りに行った時に、お孫さんが一緒に乗るとなんともやさしい目をしていたお父さん。我々が泊る時に、バテイラを取ってきて塩ゆでにしてくれ、一生懸命、美味しいでしょと言いながら進めてくれたジャイアンツファンのお孫さん。ウサギと楽しそうに遊んでいたお孫さん。そして魚をおいしく食べさせてくれたおかあさんと、美人の若奥さん。

探し人ネットで無事は確認できていたのですが、やはり顔を見なくては安心できません。箱崎へ向かうことにしました。

途中、自衛隊からはこちら側からの道は分断されていて、仮設で道路を作ったが、一般車両は危険だと言われ、大きく迂回。やっとのことで、箱崎に向かいました。漁港は壊滅状態。お孫さんが幽霊がいると言って恐れていた墓も倒れ・・・・。よく無事でいてくれました。

そして対面。家族の全員と抱擁。実gは、前日、水産課の方が話を聞きに行った時に、量はもうやめるとまで言っていたのだそうです。私と顔を会わせ、ホットしたのか、3年で漁を復活させると言ってくれました。息子さんとも話ましたが、とにかく船が欲しい。船さえあれば・・・、日に日に思いは強くなっていくようです。何とかしてあげたい。

萬さんの家は集落でも相当な高台にあります。家の前が避難所になっているそうですが、もうすぐその前まで波が来たそうで、慌てて、峠道を昇る方向に行ったのだそうですが、反対側からも波が来たために、さらに山をよじ登ったんだそうです。もう終わりかと思ったと言ってました。その高さを見るとにわかには信じられません。湾内の遠くを指差し、あそこの海底が見えた。あそこの灯台のはるか上を波が来た。10mもあるでしょうか防潮堤のはるか上から波が襲い・・・。釜石湾東部漁協ではなくなった組合員が200名。そのかぞくまで入れると、もはや集落は壊滅と言っていいでっしょう。萬さんも仲間を失ってしまったのが、一番辛いと言っていました。でも、希望を失わず復興してほしいものです。次に来る時には、おいしいウニをと言ったら、そのなものならすぐにでも採ってやると言って笑ってくれました。

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